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行政の未来を変えるプロダクトマネジメント~及川卓也氏が語る成功のカギ~

GovTech東京は、「東京都庁」と「都内62区市町村」のDX推進を加速するために、都庁のデジタルサービス局と協働する組織として2023年に設立されました。「デジタルの力で 住民一人一人の生活を豊かに、そして幸せに」というミッションの実現に向けて、行政分野のデジタルサービス開発や、技術支援を担う専門家集団です。

今回は、GovTech東京で開催したプロダクトマネジメントに関する勉強会のゲストとしてお越しいただいた及川 卓也さん(Tably株式会社 代表取締役 Technology Enabler)に、行政DXを進める上でも鍵となる「プロダクトマネジメント」の考え方や、「内製化=手の内化」の重要性について伺いました。( 聞き手:GovTech東京 業務執行理事兼CTO 井原正博)



プロダクトは本来、未来をつくるもの

(井原)プロダクトマネジメントという考え方は、一般的には行政セクターとは遠いイメージを持つ方も多いかもしれません。及川さんはどんな定義をされていますか?

(及川)そもそもプロダクトとは市場に提供され、なんらかの個人や団体の需要を満たすものです。プロダクトの成功の条件 は「事業価値の最大化」「顧客価値の最大化」「ビジョンの実現」になります
 
行政の場合は翻訳が必要になりますが、一般の企業の場合、事業価値の最大化とは収益の最大化です。顧客価値の最大化は、顧客の課題が 完全に解決されている状態です。事業価値の最大化と顧客価値の最大化は時としてトレードオフの関係としてあつかわれてしまうことがありますが両立を目指します。ビジョンの実現はこの2つとは別次元にあり、プロダクトでお客様のニーズを満たすだけではなく、お客様とともに未来をつくるのを目指すこととなります

Tably株式会社 代表取締役 Technology Enabler  及川 卓也さん

ちなみにプロダクトとプロジェクトは違うものです。プロジェクトは、品質とコストとスケジュールが決まっているものです。つまり、いつまでに何を作るかが決まっている状態。

一方、プロダクトは何を作りたいかは決まっていますが、いつ終わりを迎えるかは考えていません。願わくはずっと使われるプロダクトになってほしいというのがプロダクトです。例えば、Windowsという プロダクトは、誕生はかなり昔ですが、 幸いにしていまだに多くの人に使ってもらっており、終わりがあるのかもわからないです。これなど、プロダクトとして理想的な状態です 。
行政におけるサービスやルールなど無形なものも時限的なもの以外は、末永く役立つことを目指す「プロダクト」というとらえ方ができると考えています。

成功の条件である「プロダクトディスカバリー」

(井原)プロダクトマネジメント成功のためには、何が大切だと思いますか?

(及川)成功するプロダクトの条件はシンプルです。
・顧客をしっかり理解・共感し、顧客さえ気づいていない課題を発見する
・もしくは顕在化している課題に最適な解決策を提示することができる

このいずれかです。これを「プロダクトディスカバリー」と呼んでいます。ものを作る前に、本当に多くの人に使ってもらえるのか、役に立つのかを検証しようという考え方です。

例えば、下記のようなイメージです。
・ ユーザーインタビューをする
・プロトタイピングを見せて求めているものかどうか確認する
・PoC(概念実証)、ユーザビリティテストを行う
 
言い方は悪いですが、ハリボテでも構わないので価値だけは検証できる状態に持っていき、本当に買いますか?満足しますか?ということを確認していきます。

(井原)GovTech東京でも、まさにこのような思想で、ユーザーである市民や自治体関係者を巻き込みながら、共にいいサービスや仕組みを作っていく思想を盛り込んだ「中期経営計画」を発表したところです。すでにユーザーインタビューやABテストなど、取り入れていることもたくさんあります。行政がお手本になれるようないいサービスをつくっていきたいです。

GovTech東京・理事 井原正博

(及川)いいですね。行政にも、この考え方が本当に重要だと思うので、期待しています。 あと大切なのはこれはシステムやものづくりだけの考え方ではないということです。例えば、人事制度をどう作って運用していくかなど、バックオフィス領域の様々な取組の多くも対象となります。

(井原)そうですね、プロダクトマネジメントの考え方は、いわゆるサービス開発にだけ適用されるものではないですよね。行政組織でも多くの仕事を進める上で、本当に大事な考えだと思いますし、実は全く同じような思想を私も先日、全職員向けの月1イベントで語ったところでした。「一度何かを作ったらもう終わり、ただそのまま運用し続ければいい」のではなく、いろんな仕事において、継続的に考えながら「改善し続ける」ことが大切だと思っています。

スピード重視の時代の手の内化

(及川)自分でやってみることは本当に大切ですよね。現代はVUCAの時代と言われています。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字で簡単にいうと、先のことはよくわからないということです。

このような状況でプロダクトを成功させるためにやらないといけないことや何が正しいのかは、そこに顕在化したわかりやすい課題やニーズがあった高度成長期ならともかく、今日では簡単にはわかりません 。

そこでいろいろな仮説を作り、ひたすら検証していきます。プロダクトが成功を収めつつあったとしても、それで終わりではありません。ユーザーは移ろいやすく、社会情勢も変わります。常に仮説検証し、プロダクトをさらに使ってもらわないといけません。

そのためには①仮説設定能力②仮説検証手段③仮説検証の迅速化が必要です。特に②と③で必要なのが実装力で、ここで内製しているかどうかがポイントになります。

例えばWebで新しい機能が本当にうけるかわからない場合、よくやるのが「ABテスト」です。 これは、まず5%のユーザーだけに新しい機能を出し、 他の5%のユーザーには今までの機能を出し、本当に効果があるかどうかをこの2つを比較することで判断します。

このABテストを行う場合、 もし同じ組織にデザイナーやフロントエンドエンジニアがいたとしたら、すぐ近くに いるであろう デザイナーや フロントエンドに相談して、 1週間も経たずにABテストを 実施することも可能です。

でも、もしこれを外部に委託していたら?まず社内で稟議して承認をとり、相見積もりをとるためにコンペをやり、会社を決めたら発注し、発注先の会社でも同じプロセスがあり、冗談ではなく1~3ヶ月かかってしまいます。
1週間でABテストができるところと、検証回数でどのくらいの差が生まれるのかを考えたら、致命的な遅さになるわけです。
それでは駄目だということで、自分たちで開発をコントロールできるようにしましょう、と提唱しています。これは 全部を自分たちで内製化しようということだけを意味しているわけではありません。

(井原)とても大切ですね。私たちも、どんな取組も「手の内化」した上で、内製化すべき領域と、外部の力を借りるべき領域をうまく組み合わせて最適化しながら、よりよい行政デジタルサービスになるように改善し続けたいと考えています。

そのためにも、なんでも外部にたよりすぎず「まず自分たちでやってみる」って、とても大事な姿勢だと思うんですよね。GovTech東京で大切にしているキーワードのひとつが、まさに「DIY」~Do it yourself~なんですよ。

世の中のためになる仕事は楽しい

(及川)世の中のためになっていると、自分で感じられる瞬間は楽しいです。スティーブ・ジョブズもMicrosoftのCEOだったスティーブ・バルマーも似たようなことを言っていました。「朝起きて、今日自分がやることにワクワクしなかったら何かが間違っている。会社が間違っているかもしれないし、仕事がおかしいかもしれないし、上司がおかしいかもしれないから直せ」と言ったんです。

振り返ってみると、当時は色々と​大変なこともあ​ったのですが​ ​​自分がやっていることに誇りがあり、やりがいがあ​って​​​毎日ワクワクし​ていました。それは今も同じです。​もちろん理想的な状態ばかりではなく、日によっては忙しくて気が滅入ることもあるかもしれません。それでも、やりがいがある仕事で、もっとうまくやる方法はないか、もっと多くの人に広める方法がないかと考えるのは楽しいことです。

私はMicrosoftやGoogle​という世間でいう大企業​にいました。​このような​大企業にいると、それなりに世の中にインパクトのあるプロジェクトに関われている​ので​ ​​​ ​​毎日​楽しい​です。しかし、一方で​​ ​​日々の仕事には​ ​​​ ​嫌なこともいっぱいあるわけです。組織の長になると、人の問題だとか組織間のコンフリクトとかマネージャーとしてやらないといけないこともあるし、ペーパーワークのつまらない仕事もあるし、人の評価も大変です。

でもそういうことを通じていい組織を作り、いいものを作って、しばらく経って振り返ってみると、ああやっぱりいいことやったな、楽しかったなと思えます。

自分の手が届くところに対して全力で頑張るだけで​も​、仕事は楽しくずっと続けられるなという実感があります。人間の時間は有限なんだから、どうせならやりたいことをやった方がいいし、世の中のためになることをしたい。それが​朝起きたときに、今日もまた楽しいことが始まるという思い​​ ​につながると考えています。  


インタビューを終えて

私たちの日々の仕事は、広義のサービス開発であり、そこにはプロダクトマネジメントの観点が必ず必要です。あらゆるものはつくって終わりではなく、改善し続けることが大事。今回及川さんのお話を伺い、改めて行政サービスももはやプロダクトであり、手の内化、内製化によるサービスのQoSや都民の方々のQoLの迅速かつ継続的な向上に取り組む決意を新たにしました。
また、楽しく仕事をして世の中の役に立つ、この考え方も非常に大事だと思いました。まず自分が楽しい仕事をする。苦しい仕事をしても良い成果は出づらいですし、継続性もありません。
GovTech東京をみんなが今よりもさらに楽しい仕事をしてより良いプロダクトを生み出し続ける、改善し続けられる組織にする。組織自体もプロダクトだと捉え、改善に努めていきたいです。(GovTech東京 業務執行理事兼CTO 井原正博)

プロフィール
及川卓也氏(おいかわ たくや)

1993年、米国Microsoft本社にて、Windows NT 3.1日本語版の開発に参加。その後、1997年にMicrosoft日本法人に転職。MicrosoftではWindowsおよびWindows関連製品の開発を行い、最終的には日本語版と韓国語版のWindowsの開発の統括を務める。2006年、Googleに転職し、9年間ほどプロダクトマネージャーとエンジニアリングマネージャーとして勤務。エンジニアリングマネージャーとしては、Chrome、Chrome OS、Google日本語入力などを担当。2012年には、NHK プロフェッショナル仕事の流儀に取り上げられる。同年、日経ビジネス「次代を創る100人」に選出される。2015年、「Qiita」を運営するIncrementsへ入社、プロダクトマネージャーとして従事後、2019年:テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably(テーブリー)株式会社を設立。著書『ソフトウェア・ファースト~あらゆるビジネスを一変させる最強戦略~』(日経BP)、『プロダクトマネジメントのすべて 事業戦略・IT開発・UXデザイン・マーケティングからチーム・組織運営まで』(翔泳社)

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