行政と民間が協働で“新しい公”を創る。GovTech東京が描く、新たな社会とは
官民が協働して行政のDXを推進するプラットフォーム「一般財団法人GovTech(ガブテック)東京」。業務執行理事の畑中 洋亮はこれまで、コロナ禍における医療提供体制「神奈川モデル」構築など、行政にも深く関わってきました。そんな畑中が「日本の経営基盤となり得る」と語る、GovTech東京の未来予想図とは。
※このnoteは、2023年7月にtalentbookで公開したものを、一部編集・更新して掲載しています。
「モバイルで市場を作る」「テクノロジーで医療を変える」を軸にキャリアを歩む
──畑中さんは、2023年9月に始動した一般財団法人GovTech東京に、業務執行理事として就任しました。まずは、畑中さんのこれまでのキャリアについて簡単に教えてください。
これまで、研究者と経営者という2つの軸でキャリアを歩んできました。スタートは、研究者としてのキャリアです。大学院では、遺伝子医療の研究をしていました。しかし、患者さんのデータを集めるのが難しく、医学研究の手法そのものが非効率であることに限界を感じていたんです。
そんなとき、アップル社がiPhoneを発表しました。iPhoneを使えば予後など患者データを集めやすくなる、医療そのものを前に進めるためにはiPhoneを広げた方がいいと考え、アップルジャパンに入社し、法人向け市場、医療市場の開拓に取り組みました。
その中で課題になったのが、モバイルのセキュリティです。モバイルで仕事をすることが当たり前になるためには、企業にしろ医療機関にしろ、端末を遠隔で管理できる仕組みが必要です。
そこで、MDM(モバイル・デバイス・マネジメント/モバイル端末を一元的に管理するサービス)を提供するベンチャー企業に参画。ビジネス部門の責任者から始まり、カスタマーサポートや品質管理部門を立ち上げるなど、2019年の上場までの道をつくりました。
それと並行して、公園の遊具やベンチなどを開発・製造する老舗メーカーの役員をしていたこともあります。ここでは、公共事業のものづくりから、遊具事故や物流逼迫時の危機管理対応、独自に日本最大の公園データベースを整備しアプリ・プラットフォーム事業を行う新たな子会社の立ち上げなどを行いました。
──グローバル企業から10数名のベンチャー、老舗企業までさまざまな経験を積んだ後、また研究者として東京慈恵会医科大学に入られます。ここでは、どんなことに取り組んでいたのでしょうか?
「モバイル×医療」を深掘りしたいと考えていました。スマートフォンを活用すれば新しい医療の形が作れるのではないかと、医師や看護師、さまざまな企業と共に、臨床現場に必要なアプリ開発などを行いました。
その中の一つが、日本で初めて保険収載(保険適用が認められること)されたんです。これがきっかけで、デジタルヘルスという市場が生まれました。24時間シフトで動く看護師などケアワーカー向けに、今シフトでいる人につながる連絡帳アプリも企業と共同研究開発をして市販化されました。
その後、生命保険の保険金請求を代行する「あなたの医療」という財団法人を設立して、患者・家族と医療機関、金融機関・行政をつなぐプラットフォームを構築しました。
一見バラバラなキャリアに思えますが、「モバイルで新しい市場を作る」ということ、そして「医療が抱えている課題をテクノロジーで解決する」ということが、自分の中の大きな柱になっています。
──コロナ禍において、緊急時の医療提供体制「神奈川モデル」を構築したことも、モバイル×医療の大きな挑戦だったと思います。
このときは多くの民間企業に協力してもらったのですが、プレッシャーもたくさんありましたし、変えなければいけないポリシーもありました。行政や医療業界では、民間企業と一緒にモノを作る、制度を作るということは、正直あまり歓迎されませんから。
そんな中で、統括官として、神奈川県のトップである知事と経営者目線でしっかり話ができたことで、行政が民間のサービスを利用するという挑戦を大規模に実現できた。この経験で、自治体の役割がどう変わっていくべきかというのが見えた気がしました。
東京都には、国と共にリーダーシップを発揮し、新しい行政の形を創る責任がある
──今回、GovTech東京に参画しようと決めた理由を教えてください。
父が官僚だったため、私は幼いころから「お前はこの国をどうしたいんだ」と言われて育ってきました。そのため、新卒の時から12年間はビジネスパーソンを、その次の12年間は公(おおやけ)をやろうと決めていました。役員として事業を立ち上げた企業が上場したことを一つの節目として、行政に飛び込むことにしたのです。
行政に深く関わるきっかけはコロナ禍でしたが、そこで都道府県が果たすべき役割が見えました。そして、コロナ禍という非常時から平時に戻るにあたって、この国の未来を変えるにはどこから始めるべきかと考えていたところ、東京都がデジタルを前提とした社会を作るためのエンジンとして、GovTech東京を立ち上げることを知りました。「自分がその理事の一人になることは運命だな」と思ったんです。
──まずは、自治体のトップを走る東京都から変わるべきだということでしょうか?
東京都には責任があると思っています。日本中から人や企業が集まり、才能と機会と国際的な知名度がある。だからこそ、ロールモデルとして、国と共にリーダーシップを発揮していくべきです。
行政というのは、国をトップにおいて、その業務や権限を都道府県や区市町村に移譲していくというピラミッドのような構造です。しかし、現場が目まぐるしく変わっていくコロナ禍においては、国は方針を出しにくかった。
だから、デジタルを前提にいろいろな状況をタイムリーに把握して、現場を支えるためにお金と権限の提供に徹しました。つまり、ピラミッドの形を組み替えないといけなくなったんです。
そして今、この形をさらに進化させるタイミングにあります。東京都には、それができる経営者がいて、実効性のある場を創ろうとしている。恵まれた環境があり、体制が揃っているわけですから、東京都が先導していかなければいけません。
──畑中さんは行政との協働経験も豊富ですが、行政がDXを推進する際の課題や難しさは、どのあたりにあると感じていますか?
働いている人がみんな真面目で良い人なんです。それが一つの難しさかもしれません。なぜかというと、法律や条例に書かれていることは必ずやり切るという真面目さはあるものの、新しいことや知らないこと、わからないことには躊躇するんです。これは、業務が細分化して専業化が進んでいること、いわゆる“縦割り”が要因の一つです。
さらに行政というのは、なくなってはいけない、止まってはいけないサービスが山ほどある一方で、変化が大きい時代に合わせて柔軟に変化させていくべきサービスもたくさんある。
だから、民間と一緒に取り組むことが必要です。行政の責任と役割を、民間に一緒に背負ってもらう。行政側が困っていることを素直に伝え、一緒に背負ってほしい、そういう気持ちを持てれば、大きく変わるんじゃないかと思います。
デジタルで行政の経営基盤を整備すれば、私たちの意思も反映されやすくなる
──GovTech東京が機能することで、社会にどのような変化をもたらすことができると考えていますか?
デジタルを主体に「行政の経営基盤を整備できる」ということが大きなポイントです。
社会が目まぐるしく変化する時代において、経営者は自分の意思を事業に反映させる、そしてお客様の反応や環境の変化を受けてまた意思決定を変えていくというサイクルを、超高速に回していかないといけません。けれど、ゼロから会社を拡大させた経験がある私から見ると、行政はトップの意思を反映する道具が揃っていないと感じます。
国や行政の役割というのは、すごくシンプルに言うと「お金を集めて、(予算を決めて)必要なところにお金を分配する」ということです。それは国や行政にしかできないことで、極端に言えば、それ以外の機能は民間が担ってもいいんです。
だけど、お金を集める方法も配分する方法も非効率だし、民間に委託しきれない現状もある。そもそも現場が遠すぎて、何が本当に効果がある事業なのか見えてこない。
極めつけは、当初の予算の目的と、実際に何にどのくらい使われて、結果がどうだったのかという入口と出口が紐付いていないんです。この構造をテクノロジーで作り直さないといけません。
──畑中さんがメッセージとして発信している「国を経営するための基盤づくり」というのは、こういった構造を変えるということなんですね。
経営は、「早く考え、疾(はや)く決めて、速く実現する」ということの繰り返しです。それは、お金の流れだけではなくて、たとえば事業を実行に移そうと思ったときに、自分が考えた通りに、素早くサービスが形作られるということです。
すべてが伝言ゲームで、「予算は渡すから、あとは自由にやってください」だと、経営者の意思が現場でどう変わってしまっているのかを把握できません。現状は、その実効性が担保されていないんですね。
デジタルツールというのは、仕事の方法を規定するために有効な道具ですから、デジタルを前提に経営基盤を整備することで、実効性を持った経営体を作れます。頭と手足がつながっていない伝言ゲームをしていた状態から、意思と実行までの回路をしっかりつなぐことができる。それを、変化そのものでもある民間と共に実現していくことが必要です。
──経営基盤ができることで、都民にはどのような価値が提供できるのでしょうか?
私たちの意思も反映されやすくなるということです。
私たちは、自分たちの意思を実行してくれると判断した人に一票を託して、その実現のために税金を納めています。投票と納税というのは、セットなわけです。けれど多くの人は、実現されないと「どうせ変わらない」と諦めてしまう。でも、実現したいじゃないですか。
先ほど、東京都は恵まれていると言いましたが、東京には、都市部もあれば山間部や島しょ部もあり、大規模災害も想定されている。いわば全国の縮図として、さまざまな課題が集約されています。その上で、国との距離も近いので、国に良くしてもらいたいことも伝えやすい。
だから、東京が全国の自治体のコンパスのような存在になれるんじゃないかと思っています。
新しい「公」を創るため、官と民が得意なことを持ち寄りワンチームで挑む
──団体のスターティングメンバーとして、どのような人材に参画してほしいと考えていますか?
「自分が取り組んだことが世の中の役に立つ」というやりがいと、「行政が背負っている責任を一緒に背負う」という覚悟の両方を持てる人ですね。
GovTech東京は民間団体で、働き方やライフスタイルも民間の制度を取り入れる組織ではありますが、提供するサービスは行政のものです。だから、たとえ自然災害が起きたときであっても、サービスを止めるわけにはいきません。その責任は組織として背負わないといけない。
そして、これから必要なのは、「官と民が協力して、“新しい公”を創る」ということ。まさに、民間でもあるけれど行政でもある、GovTech東京そのものなんです。公務員ではないけれど、社会を背負うことを真剣にやりたいという人には、良い環境だと思います。
あとは、都合の悪いことを隠さない人です。何かがうまく行かないときというのは、個人の能力ではなく、仕組みの問題なんです。だから、うまく行っていないときは、仕組みを変えるチャンスです。それを隠すことは、改善するチャンスを潰すことになる。
だから、都合の悪いことこそ真っ先に報告できるフラットさや心理的安全性は、絶対に担保しなければいけないと思っています。
──理事長の宮坂 学さんが話していた、「オープン&フラット」というキーワードにつながりますね。
「公」には、オープン&フラット、つまり透明性や公平性というものが、常に存在していないといけないと思います。それがあるから、お金も人も集められるわけです。
そして、官と民が協力して「新しい公」を創るときには、垣根をなくしてワンチームで同じ課題に向き合うことが必要です。私たちは逃げない──そのベースを共有することが大事です。
──オープン&フラットというキーワードは共通でも、経営陣それぞれで表現や視点が異なる点も興味深いです。
もう一人の業務執行理事である各務 茂雄さんも含めて、3人それぞれ得意分野が異なっていますが、それはメリットだと思っています。経営者は、いろいろな視点を持っていないといけませんから。
大事なことは共通で持ちながら、お互いを否定し合わず、最適な活かし方を考える。そうでなければ、豊かな未来は描けません。
これは、行政と民間も同じです。行政が得意なこと、民間が得意なことを持ち寄ることで、新しいものが生み出せる。GovTech東京をそういう場にしていきたいですね。